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大阪地方裁判所 昭和29年(行)85号 判決

原告 有限会社酒井亭

被告 大阪国税務局長

訴訟代理人 辻本勇 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和二九年八月三日原告に対し、昭和二五年三月二二日から同年一二月二一日に至る事業年度分法人税につきその所得金額を一一七、四〇〇円とし、昭和二六年一月一日から同年一二月三一日に至る事業年度分法人税につきその所得金額を二三三、〇〇〇円とした審査決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として

「原告は肩書地において各種食料品の製造及び販売並びにこれに附随する業務を目的とする有限会社であるが、昭和二六年二月二三日中京税務署長に対し昭和二五年三月二二日から同年一二月三一日に至る事業年度(以下昭和二五年度と称する。)分法人税につきその所得金額を二二、四〇〇円としたところ、同税務署長は原告に対し昭和二七年三月三十一日附を以て右年度の課税標準所得金額を一九二、七〇〇円とする旨の更正決定を通知した。また原告は同年三月三日同税務署長に対し昭和二六年一月一日から同年一二月三十一日に至る事業年度(以下昭和二六年度と称する。)分法人税につきその所得金額を二三、五〇〇円として申告したところ、同税務署長は原告に対し昭和二七年三月三十一日付を以て右年度の所得金額を二三三、〇〇〇円とする旨の更正決定を通知した。そこで原告は同年四月二六日右税務署長に対して前記各年度の更正決定につき再調査の請求をしたが、同税務署長は右請求のあつた日から三カ月以内に再調査の決定をしなかつたので法人税法三五条三項二号の規定により同年七月二十七日を以て原告より被告に対し前記各更正決定についての審査の請求があつたものとみなされるに至つた。そして被告は昭和二九年八月三日昭和二五年度分についての審査請求の一部を理由があると認め、その更正決定の一部を取消し課税標準所得金額を一一七、四〇〇円とする旨の審査決定をし昭和二十六年度分法人税についての課税標準所得金額を二三三、〇〇〇円とする旨の審査決定をし、その決定の通知は同月五日原告に到達した。しかし被告のなした右決定は不当であつて違法な処分であり、承服できないものであるからその取消を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、被告の答弁に対し、「原告の実稼働従事員数が昭和二五年度は三、五人、昭和二十六年度は四人であることは認める。しかし原告は帳簿書類を備え付け、営業記録の書類も保存しているのであるからこれらによつて所得金額を計算することは可能である。仮に推計の方法によることが許されるとしても、法人調査提要はあくまで調査に際して止むなく推計せざるを得ない場合に採用される一個の示針に過ぎない書類であつて、右法人調査提要がその機能を発揮するのは運用が正確であつた場合に限るのである。ところが被告は精密な調査をせずして漫然と法人調査提要を適用しているから不当である。」と述べ

被告は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として

「原告が請求原因として主張する事実は、被告のなした決定が不当であつて違法な処分であるとの事実を除き総て認める。原告の営む飲食業は現金取引を主とするものであるのにかかわらず原告においては現金管理が全く行われていないし、その備え付けてある帳簿書類も原告の営業の全部を記録しているとは思えず、またその記録を証する書類も保存されていないので、原告の帳簿書類を基として正確な所得金額を計算することは不可能であつた。

だから原告の経営状況や収入若しくは支出の状況、従業員数その他事業の規模により、各事業年度の所得金額を推計せざるを得なかつたが、その推計方法は次のとおりである。

一、昭和二五年度

原告においては常時七名が業務に従事していたが、この中には老年者が含まれており、しかも店員の異動が激しくて長期勤続者がいないとのことだつたので特にその一人当りの能力比準を低く見積つて五〇%とし、実稼働従業員数を三、五名とした。そして大阪国税局が昭和二六年一月に作成した法人調査提要によれば従業員一人当り標準売上高は六六万円であるから右金額を三、五倍して年間売上高二三一万円を得、それを本件事業年度の実稼働日数即ち法人設立後の日数(二八五日)により日割計算してその売上高一、八〇三、六九八円を得た。次に右法人調査提要によれば、めん類を主体とする軽飲食業の売上高に対する標準利益率は二五%であるが、当期は設立後最初の事業年度であつてそのための経費も必要であつたことが認められるので原告の計上している経費の各項目を考慮し、利益率を六・五%としてこれをさきに計算した年間売上金額に乗じ、利益金額一一七、二四〇円を算定した。そして右利益金額に、原告が計算していた営業外雑収入二〇〇円を加算して一一七、四四〇円の課税標準所得金額を決定したのである。

二、昭和二六年度

この期間の原告の従業員数は常時八名であつたが、前記事業年度と同じ理由によつて実稼働従業員数を四名とし、これを前記一人当り標準売上高六六万円に乗ずると年間売上高二六四万円が算出される。そして前示のように標準利益率は二五%であるが、原告の実情を考慮して利益率は一〇%が適当であると認め、これを右年間売上高に乗じて二六四、〇〇〇円の利益金額を算定した。

この金額から昭和二五年度の法人税に対する利子税七、八三〇円及び右年度の利益に対し課せられる事業税二三、一二〇円を控除し(原告はこれらの税額を引当て計上していないが、原告に有利に計算するためこれを積極的に控除することとした。)、二三三、〇五〇円の所得金額を算出したのである。

以上のように、被告のした審査決定は確実な根拠に基いた推計計算によるものであるから適法である。」と述べた。

〈立証 省略〉

理由

原告は肩書地において各種食料品の製造及び販売並びにこれに附随する業務を目的とする有限会社であるが、昭和二六年二月二三日中京税務署長に対し昭和二五年度分法人税につきその所得金額を二二、四〇〇円として申告したところ、同税務署長は原告に対し昭和二七年三月三十一日附を以て右年度の課税標準所得金額を一九二、七〇〇円とする旨の更正決定を通知した。また原告は同年三月三日同税務署長に対し昭和二六年度分法人税につきその所得金額を二三、五〇〇円として申告したところ、同税務署長は原告に対し昭和二七年三月三一日附を以て右年度の所得金額を二三三、〇〇〇円とする旨の更正決定を通知した。そこで原告は同年四月二六日右税務署長に対して前記各年度の更正決定につき再調査の請求をしたが、同税務署長は右請求のあつた日から三カ月以内に再調査の決定をしなかつたので法人税法三五条三項二号の規定により同年七月二七日を以て原告より被告に対し前記各更正決定についての審査があつたものとみなされるに至つた。そして被告は昭和二九年八月三日昭和二五年度分審査請求の一部を理由があると認め、その更正決定の一部を取消し課税所得金額を一一七、四〇〇円とする旨の審査決定を昭和二六年度分法人税についての所得金額を二三三、〇〇〇円とする旨の審査決定をし、その決定の通知は同月五日原告に到達した事実は当事者間に争いがない。

そこで推計の方法により本件課税標準を決定することが妥当であるか否かについて考えよう。成立に争いのない乙第二号証の二乃至六、同第四号証の一乃至三、同第五号証、同第六号証の二、同第八号証の二、三及び証人三浦清治の証言を綜合すると、原告は昭和二五年度分の法人税をその年度中に既に支払つていて、それを経費として記帳しているのにかかわらず同年度の剰余金処分書(乙第二号証の四)において、利益処分として納税積立金を計上している。また右納税積立金を昭和二六年度に受入れた跡がみられない。更に、原告の営む飲食業は現金取引を主とするものであるから現金出納簿が最も重要な帳簿である筈なのに原告の金銭出納簿(乙第四号証の一乃至三)は手許現金の実際高と無関係に記帳されていて信用性に乏しく、その他の帳簿や決算書類の間においても金額の喰い違いがある事実を認めることができる。そして右認定した事実によれば、原告の帳簿書類を以ては到底その所得金額を正確に計算することは不可能であると解せられるから、推計の方法によることは妥当であるといわねばならない。

次に被告が推計によつて算出したと主張する本件所得金額が妥当かどうかを検討する。

一、実稼働従業員数

昭和二五年度において三、五名、昭和二六年度において四名であることは当事者間に争いがない。

二、従業員一人当りの年間売上高

これについて被告は六六万円と主張する。証人三浦清治の証言によると原告はうどん、そばを主とする飲食業をしていること、が成立に争いのない乙第三号(法人調査提要)によれば一般にうどん、そば屋の従業員一人当りの収入金が六六万円である事実を認めうるから、他にこれをくつがえす主張、立証のない本件においては被告の右主張を正当としなければならない。

三、利益率(売上金額に対する利益金額の割合)

これについて被告が、昭和二五年度は設立後最初の事業年度であつてそのための経費も必要であつたことを考慮して六、五%、昭和二六年度は一〇%と主張する。そして前記乙第三号証によれば、一般にうどん、そば屋の標準利益率が被告の主張する右利益率を上廻つた二五%である事実を認めることができ、他に被告の主張する右利益率が過大であることを推測させる資料がないから、利益率は被告の自から認める昭和二五年度は六・五%、昭和二六年度は一〇%と認定せざるを得ない。

そして前示認定した事実に従つて原告の営業上の所得を算出すると、昭和二五年度は一一七、二四〇円、昭和二六年度は二六四、〇〇〇円となり、その算式は次のとおりである。

昭和25年度 66万円×3.5×(6.5/100)×(285/365)(1年間の日数に対する法人設立後の日数の割合)=117,240円

昭和26年度 66万円×4×(10/100)=264,000円

ところで、原告には、昭和二五年度において別に所得に算入すべき雑収入が二〇〇円あつたことは成立に争のない甲第三号証の二によつて明かであり、又昭和二六年度所得金額から控除さるべき昭和二五年度の法人税に対する利子税七、八三〇円及び昭和二五年度利益に対し課せられる事業税二三、一二〇円が存在することは被告の自から認めるところであるから、結局原告の昭和二五年度の所得金額は前記一一七、二四〇円に二〇〇円を加算した一一七、四四〇円であり、昭和二十六年度の所得金額は前記二六四、〇〇〇円から七、八三〇円と二三、一二〇円を控除した二三三、〇五〇円であること算数上明かである。

そうだとすると、被告のした前記所得額についての各審査決定(昭和二六年度分については前記課税標準所得額を下廻る)には結局何等違法な点がないから原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものである。そこで訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中島孝信 芦沢正副 入江教夫)

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